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社員紹介

前川恒廣 1955年生まれ

滋賀県立彦根東高校卒、昭和54年東京大学経済学部卒。新卒で三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入社。昭和61年に退社し渡仏。I.S.A(仏系ビジネススクール)に入学しMBAを取得。パリにてクレディ・アグリコル銀行入社。帰国後、日本航空に入社。平成23年地元の彦根に戻り、彦根市教育長就任。4年の任期を終え、平成27年10月退任。

御年60歳?

まぁねぇ。還暦ですねぇ。ははははは。


60歳、はっきり言って若くない。自らわざわざ若い組織のリディラバに身を投じ、一体何をしにいらっしゃったんですか?

勉強ですよ。リディラバの組織で働くことは、私にとって学びになることばかりです。


教育長までやっていた方が何を学びたいと?

地元彦根の教育長として、4年間就いたんですがね、
地方創生には若い方々の力が必要なんですよ。若い世代と我々の世代が協力してやっていかなければ実現できない。彦根にも、60代でリタイアしたけれどもまだまだ余力がある、地元をなんとかしよう、という元気に活動している人がいる。ただ、同じテーマで同じ世代が集まっても、例えば社会課題の一つの農業のようなテーマで、60代だけが集まっても、なかなか解決の糸口が見つからない、閉塞的になってしまうことを目の当たりにしました。かと言って、60代の集まりに、突然若者に来てもらったところで何も生まれない。社会課題と若者をどういうふうにつなげていくのか、行政と若者をどうつなげると良いのか、リディラバでは、その糸口を勉強しに来ているんですよ。
実際に、若い人が日々どんなことを考えているのか、どんな仕事の仕方をしているのかを知らなければ、つなげようもないですしね。一緒に机を並べるのが一番勉強になります。


かれこれ半年ほどですかね、リディラバに入られて。どうですか?その「勉強」は?発見はありましたか?

はははは。目まぐるしいスピードでね、大変ですよ。入試改革目前にして、修学旅行はこのままではいけない、と考えている中学・高校が増えてきて、リディラバへの問い合わせも増えてきました。この事業が教育界に受け入れられてきた証なのでしょうね。生徒さん達を、どんなテーマの社会課題の現場に連れて行き、何を学んでもらうのか、社会で起きていることを自分事として考えるきっかけにするにはどういう問いかけが良いのか、を練りに練らなければなりません、速いスピードでね。頭をかなり使います。
あと、意志ある人たちをコミュニティ化するための、場の提供の仕方、機会の提供の仕方はすごく勉強になります。例えば、R-SIC。NPOの方々だけじゃなく大手の企業の方々が集まって、自分たちが抱えている課題を話し合い、お互い補完し合うきっかけが生まれるような場、彦根に帰ったら是非実践したい。


「場の提供」「機会の提供」はそんなに大事ですか?

意志があっても、ひとりではできませんからね。教育長をやった最後の年に、彦根市のある小学校が文部科学大臣奨励賞と博報賞を受賞したんですよ。その小学校の校長(Aさん)は、彦根教育の骨子として掲げた「持続可能な開発のための教育(ESD)」の取り組みの一つ、「ユネスコスクール」の加盟に、いち早く取り掛かりました。地元のことを当事者として知るための校外学習を取り入れたり、オーストラリアとの交換留学を取り入れたりしました。Aさんが就任した当時は、波風たってなかなか先生方の理解が得られず孤軍奮闘していました。並大抵の努力では実現できなかった。でもね、Aさんが作った機会によって子どもたちが変容していったんですよ。先生たちも子どもたちの変容していく姿をみれば「なるほど、これが21世紀型の教育のあり方なのか、ESDなのか」とわかるようになっていき、結果、学校を挙げてESDに取り組めるようになった。オーストラリアの交換留学も、通常、公立学校だと全員参加が基本ですから、そこに拘っていたらまず実現できない。Aさんは、自ら地元地域に働きかけて、ユネスコスクール活動を応援する地元組織を作り、その組織が主催する形で手上げ式で参加できる生徒を募集して始めました。Aさんのような意志のある先生に蓋をしないよう、動きやすい環境を作ることが私の役目でした。リディラバの事業は、修学旅行をアクティブ・ラーニングの場にし、子どもたちを社会課題に触れる機会を作っている。法人の役員研修を通じて、事業を通じて社会課題をどう解決するのかを考える機会を作っている。意志のある人を発掘し、機会を提供しているんですよ。

彦根市内の中学校で哲学について話しました。

「機会の提供」っていうのは、「眠っている意志をゆさぶっている」感じですかね。

確かにね。私もたまたま機会を頂いて、教育畑ではなかったのに、教育長をやることになったのだけれども、意志がゆさぶられたのでしょうねぇ。
私みたいなキャリアは、ひとつの筋が入ってるわけではない。私なんて好奇心だけで生きてきた。それが地方のあり方を考えるときに活きているなぁと思います。教育畑の人からみても新鮮だったでしょうねぇ。業界に閉じないことが良かった。紆余曲折で良かったと。


「紆余曲折」聞かせて下さい。

三菱銀行の新人研修は、そろばん、電卓、札勘です。個人貸付から大手企業の担当までしましたよ。


さつかん!?

知らないの?札勘定ですよ、手で札を数えるんです、当たり前ですよ。
でもねぇ、昔からフランスに行きたいなぁと思っていたから、MBAを取りに行ったんですよ。


「行きたいなぁ」って、あなた、その時代に、随分気軽に超大手を辞めましたね!

フランスの銀行で働いて、両親もそろそろ面倒みないといけなかったんで、どうしようかなぁと思っていたら、JALからお声掛け頂きまして財務で入ったんだけど、「もう金融は離れたいな、飛行機を間近で見れる空港での仕事なんていいなぁ、素敵だなぁ」って思って、現場に行かせてもらいました。 成田や羽田の訓練部や運行本部の労務管理をやりましたよ。宮古島の隣に下地島ってあるんですよ。そこに日本国内において唯一のパイロット訓練飛行場があってね、そこの総務部長もしましたよ。

パリのサンジェルマンデプレで。朝、パリに着いたばかりの時に、目覚ましがてら珈琲1杯です。

「下地島」初めて聞きましたが、二度と忘れません。人生、紆余曲折しまくってますね。

はい、楽しい人生です。その人生全てが教育長の仕事で活かされましたね。
教育は理論がもちろんあるが、正解は無い。理屈じゃない部分で実践として学んできたことを活かせました。チームワークとは何かだったり、キャリア教育と言われるけどもキャリアって何なのか、生き抜く力とは何かとか、全て原体験をもって語れるし、仕事を動かせる。だからね、最初の話に戻りますが、同じテーマの人たち、同世代の人たちだけで固まっては、蛸壺化してしまい良くない。意志のある人を、表に出し、違うテーマの人たちと組み合わせることだけで変えられることがあるんですよ。


「前川恒廣のキャリア論」まだまだ続きそうですね。

ははははは。そうですね、教育は、社会を変えていく一番の根源ですから、教育に力を入れられるような行政づくりができるようリディラバで勉強していきますよ。リディラバには、これまでの紹介にあったような不思議なキャリアの人がたくさんいて面白いですしね。まだ紹介されていない法人営業の彼とか、バックオフィスの彼とかね。


決まったキャリアプランを歩むのではなく、その時その時で自分で判断し機会をチャンスにすること。
キャリアとは何ぞやを、理屈ではなく背中で見せられました。


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