外資コンサルで磨いた実装力に、未解決の課題への情熱をかけ合わせて。“3.11”の原体験から始まるキャリアの軌跡。

社会の無関心の打破という理念のもと、「社会課題を、みんなのものに。」をスローガンに掲げ、多角的な事業を展開する株式会社Ridilover(リディラバ)。今回は事業開発チームでサブリーダーとして活躍する清水一真さんにインタビューを敢行しました。大手外資系コンサルティングファームでの勤務を経て、リディラバにジョイン。コンサルタント時代のスキルを武器に官民の垣根を超えた大規模事業開発を牽引する清水さんに、キャリアシフトの真意と目指すプロフェッショナル像を語っていただきました。
3.11という原体験と、社会の「構造」を捉えるための修行時代

――清水さんのキャリアを語る上で東日本大震災は欠かせない出来事だそうですね。
はい、私の人生の方向性を決定づけた、文字通りの原体験です。当時は神奈川の高校に通っていたのですが、地震直後にテレビで流れる津波の映像やネットニュースで飛び込んでくる現実離れした被害状況に、多感な時期だったこともあり強烈なショックを受けました。幸いにも私の通っていた学校は自主性を重んじる環境で、震災後、先生が授業の中でも繰り返し「いま自分たちに何ができるか」を議論する場を設けてくれたんです。
――そこから実際にアクションを起こされたのですか?
クラスメイト7〜8人で学生団体を立ち上げ、ボランティアとして何度も東北に足を運びました。瓦礫撤去などの直接的な支援もしましたが、何度か通ううちに、より本質的な問題に目が向くようになったんです。きっかけは現地の方々から「震災があろうとなかろうと、この町は人口減少と産業衰退でいずれ立ち行かなくなっていた」という言葉を聞いたこと。震災はもともとあった社会課題を急激に顕在化させたに過ぎなかった。その「社会の構造的な脆さ」を目の当たりにした時、将来はこうした社会問題に身を投じて生きていこうと、自分の中のキャリアの軸が定まりました。
――大学でもその探求は続いたのでしょうか。
付属校から法学部の国際政治学科に進み、国際協力の勉強に明け暮れました。国連機関出身の先生のゼミに入り、ミャンマーやフィリピンの農村開発調査に赴くなど、とにかく現場を歩き回る4年間でしたね。親からは「家に帰ってこないやつ」と言われるほど(笑)。ただ、グローバルな活動で海外の課題を目の当たりにすればするほど、同時に「ではいま暮らしている日本はどうなんだ」と、日本国内の課題にも意識が向くようになりました。

――就職活動では、最初からソーシャルセクターを目指していたのですか?
実はジャーナリストかコンサルの二択で悩んでいました。社会の現場を見て問題提起をする記者か、あるいはどんな組織でも通用する自分をつくり上げ、人々を巻き込んで動かしていく力を養うコンサルか。最終的には留学先のイギリスで開催されていたキャリアフォーラムを通じて、外資系コンサルティングファームへの入社を決めました。
――人生のテーマである社会課題から一度離れてコンサルを選んだのは、なぜでしょう。
あえて振り切ろうと思ったんです。社会にインパクトを与えるためには自分自身がプロフェッショナルとして圧倒的な実力を身につけていなければならない。国際機関やNGOなど、コンサルで経験を積んだのちに違う部隊で活躍する方も多くいるイメージをもっていたので、飛び込むことに決めました。所属チームも、最もビジネスの論理が強く、かつ最も魅力的な方が集まっていると感じたPMI(M&A成立後の統合プロセス)チームを志望しました。
――PMIチームでの経験は、清水さんに何をもたらしましたか?
とても刺激的な経験でした。異なる企業をまとめたり、更なる成長を目指した事業戦略をつくり上げる作業は、とても難易度の高いものでした。クライアントから高い要求をいただくこともあれば、上司から厳しい指導を受けることもある。たくさんの方に助けていただいてばかりの3年半でしたが、そこで叩き込まれたプロフェッショナリズムと実務家としての基礎力は、今の私の大きな財産になっています。
コンサルタントのその先へ。リディラバへの移籍と事業開発の本質

――コンサルで充実した日々を送りながら、リディラバへ転職したきっかけは何だったのでしょうか。
仕事自体は楽しかったのですが、3年が経ち職階もあがり、できることも増えていく中で「自分の人生の時間を何に使うべきか」という問いが再燃していました。そんな時、たまたまX(旧Twitter)を開いたら、リディラバ代表の安部が「事業開発メンバー募集」という投稿をしていたんです。実は安部のことは学生団体時代からエッジの効いた活動家として遠巻きに見ていました。直感的に「これだ」と思い、その場ですぐに応募しました。
――面談で安部さんと再会した時の印象は?
相変わらず尖っているな、と(笑)。ただ、話しているうちに「社会を変えるとはどういうことか」「自分は何に興味があるのか」という本質的な問いを投げかけられ、リディラバの思考の深さに惹かれました。当時の事業リーダーとの出会いも大きく、安部以外にもこんなに面白い人がいる組織なら間違いないと、迷うことなくジョインを決めました。
コンサルからリディラバに移って、戸惑いはありませんでしたか。
一番の違いは、扱う対象が「ビジネスの不確実性」から「社会課題の解決」へと変わった点です。コンサル時代も答えが明確でない複雑な経営課題に対して、パートナーとして提案ベースで伴走してきました。 一方でリディラバが向き合うのは、まだ市場が確立されていない、あるいは経済合理性だけでは割り切れない社会課題です。だからこそクライアント企業とともに「社会の未来のために何を解決すべきか」という、そもそも論の問いから一緒につくり上げていく。その手触り感はまた別物でした。

――具体的に、コンサル時代のスキルはどのように活かされていますか。
地味ですが、究極の事務屋としての力です。論理的な資料作成、適切なスケジュール管理、多様なステークホルダーの調整。これらは大きな組織を動かす上での共通言語なんです。特に省庁や大企業と仕事をする際、リディラバとしての尖った提案を形にするためには、まずビジネスのプロトコルを完璧に抑えている必要があります。私にはこの実務における基礎的な力が備わっているからこそ、一歩踏み込んだチャレンジができるのだと感じています。
――逆に、コンサル的な振る舞いがマイナスになることは?
少なからずあります。ソーシャルセクターの現場では、正論を振りかざすコンサル的な態度は信頼を損なう原因になりかねません。リディラバの仕事は、現場で奮闘しているプレイヤーの方々の力を借りてはじめて成立します。自分たちの力は何もなく、現場の人たちの積み上げを背負わせてもらっているというぐらいの謙虚さがなければ、筋を通すことはできません。
――清水さんにとってのプロフェッショナルの定義が変わったのですね。
そうですね。単に品質の高い成果物を出せることだけでなく、関わる人たちとどれだけ深い信頼関係を築けるか。最後は「清水という人間が面白いから、一緒にやろう」と思ってもらえるかどうかの人間力に尽きると痛感しています。
官民共創を青森の地で具現化する。地域課題に挑むリディラバの流儀

――担当されていた「青森県でのスタートアップ支援プログラム」について詳しく教えてください。
青森県は強みである一次産業に加えて、経済的な基盤をどう持続させていくかが喫緊の課題です。そこで地域の課題を解決することを目的とした『地域課題解決型スタートアップ』を創出しようというプロジェクトを数年前から動かしていました。当初から、青森発のスタートアップは数社しか存在しないという状況ですが「青森から新しい仕組みをつくろう」と県庁や地元の銀行の方々と議論を重ねてきました。
――地域の課題解決にスタートアップという手法を選んだのはなぜですか。
行政の予算だけで課題を解決する仕組みには限界があるからです。地域に根ざし、課題をビジネスの手法で解決しながら自走する主体が生まれなければ、本当の意味での持続可能性は確保できません。私たちは“東京から来たコンサル”としてではなく、青森の未来を共に描くパートナーとして、3年以上かけて地元の志ある人々たちとの関係を紡ぎました。
――長いスパンでの関わりが必要なのですね。
自治体の仕事は単年度の入札で決まることが多いですが、私たちは単発の事業で終わらせたくない。たとえ仕事としての契約期間外であっても、青森に行った際は必ずお世話になった方々へ挨拶に行き、現状を報告します。リディラバという組織を信頼いただけたのは、こうした泥臭い筋の通し方を一人ひとりのメンバーが徹底しているからだと思います。

――大企業との協働も積み重ねてきたとお聞きしました。
行政案件と並行して、社会課題を起点に新規事業をつくろうとする大企業への伴走も事業開発チームの柱で、私自身もこちらに深く関わってきました。国内市場が成熟し人口減少も進むなかで、既存事業の延長線上に大きな成長を描きにくくなっている。そこにサステナビリティの考えの広がりも重なり、社会課題を新しい事業領域と捉える企業は以前から一定数あります。パーパスに照らして自社はどうあるべきかという問いから入る会社もあれば、地方経済や農山漁村といった日本の基盤が崩れること自体を事業継続上のリスクと捉える会社もある。テーマは食品ロス、資源循環、ウェルビーイング、再生可能エネルギー、一次産業と幅広く、業種も製造から飲料、通信、ITまで横断しています。
――具体的にはどのような形で関わるのでしょうか。
テーマ設定から事業案の設計まで一気通貫で伴走することもあれば、社内公募型の新規事業プログラムで、社員の方が持ち込む関心テーマ——高齢者、メンタルヘルス、介護、農業といったもの——を解くべき課題とビジネスモデルに落としていく役割を担うこともあります。ある大手企業とは、プラスチックの資源循環をテーマに、課題の特定から、誰にどんな価値を届けるのかという提供価値の設定まで一緒に詰めました。共通しているのは、事業の形が見えている段階よりも、そもそも何を解くべきかが決まっていない段階からご一緒することが多い点です。だからこそ一度きりで終わらず、同じ企業から複数年続けて声をかけていただくことも少なくありません。
――リディラバだからこそできる支援とは何でしょうか。
一つは現場です。長年、社会課題の現場に入り込んでネットワークをつくり、メディア事業で取材を積み重ねてきたので、社会課題のデータベースを実質的に自分たちで持っているような状態です。そこを起点に深掘りするので、机上の情報では出てこない話までたどり着ける。もう一つは、個社の事業に閉じず、行政も含めた社会全体としてこの領域はどこへ向かうべきかという方向性を打ち出せることです。企業に対してはCSRではなく未来のマーケットをつくる新規事業として社会課題を提示し、行政に対しては民間の活力を引き出す制度設計を提案する。この両者の橋渡し役ができる組織は、日本でもリディラバだけだという自負があります。
待遇、成長、そしてビジョン。社会課題のプロを目指すなら

――たとえばコンサルからの転職を考える際、多くの人が待遇面、特に収入に不安を感じると思います。そのあたり、清水さんご自身はいかがでしたか?
正直に言えば、入社直後は前職よりもダウンしました。ただ、そこから組織が成長し、扱う案件の規模が数千万、数億と拡大するにつれて待遇面も大幅に改善されてきているというのが偽らざる事実です。いまのリディラバは、もはやソーシャルセクター=薄給というイメージとは無縁です。社会的価値の創出と持続可能なビジネスモデルを両立させ、貢献に応じた適切な還元を行う『これからのソーシャルセクターのあり方』を、私たちが体現しようとしています。
――「これから良くしていく」という安部さんの言葉は、現実になりつつあるのですね。
私たちは清貧を美徳とはしていません。社会に必要な仕組みを創る人間が、経済的にも報われる環境でなければ、このムーブメントは続きませんから。コンサルで高収入を得ていたような方でも、リディラバでの挑戦を通じて、さらなる市場価値と納得感のある報酬を手にできるフェーズに来ています。
――4月からサブリーダーに就任されました。今後、組織として取り組みたいことは?
ここ数年、行政案件において確かな実績と基盤を築くことができたからこそ、次は民間企業を巻き込んだ事業開発に満を持して注力していくフェーズだと考えています。 改めて「社会課題起点の新規事業開発」のアクセルを全開にしたい。コンサル出身の私がその責任を担うことで大企業が本気で社会課題に投資し、それが自社の成長にも繋がるような成功事例を次々と生み出していきたいと考えています。

――リディラバのメンバーについて、どんなイメージで表現できますか?
個人的には「ロックンロールかヒップホップの集まり」と言い表しているんですが(笑)。ギラギラとした上昇志向というよりは、社会の不条理に対する反骨心や内に秘めた熱い思いを持つメンバーが集まっています。お互いをリスペクトし、ケアし合う優しい文化ですが、これからはいい意味での喧嘩や摩擦がもっとあってもいいんじゃないかと思っています。お互いプロとして要求水準を高め合い、意見をぶつけ合う。そんなロックでヒップホップな組織として、もう一段階成長していきたいですね。
――最後に、コンサルから次のキャリアを模索している方へメッセージをお願いします。
コンサルタントの経験をある程度積むことで、一定の実務力や推進力が身につく方は多いかと思います。でも「自分は一生この仕事でいいのか」と迷っているなら、ぜひリディラバの門を叩いてほしい。ここは社会貢献というふわふわした場所ではなく、社会に新しい「機能」を実装するプロフェッショナルの戦場です。リディラバという名前自体が、社会課題を解決する手法の代名詞になる。ビジネスでもパブリックでもない、でもその両方を動かす最強のハブである。そんなユニークなポジションを私たちと一緒に確立していきませんか。圧倒的に面白い仕事とまだ見ぬ社会の景色が待っています。

【profile】
清水一真 事業開発チーム サブリーダー
1994年、東京都生まれ。法政大学法学部国際政治学科卒業後、大手外資系コンサルティングファームに入社。PMIチーム(当時)に3年半在籍し、スキルを磨く。2021年10月、株式会社Ridilover入社。事業開発チームにてサブリーダーとして省庁・自治体事業含む各案件の組成・推進、法人向け事業のグロースを担当。