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誰一人取り残さない社会を目指して ~子どもの体験格差解消プロジェクトとトヨタ自動車との共創~

#プログラム実施後のレポート#体験格差解消プロジェクト

誰一人取り残さない社会を目指して ~子どもの体験格差解消プロジェクトとトヨタ自動車との共創~

”「家ではゲームばかりして過ごしてた。外に出るのがこんなに楽しいと思わなかった」”

ひとり親家庭の中学3年生の男の子。親御さんも経済的な理由だけでなく、危険が伴うリスクなどから自分一人では色んな体験をさせてあげられていない葛藤がありました。

今回はリディラバが事務局を務める「子どもの体験格差解消プロジェクト」から、8月に岐阜県白川郷で開催されたトヨタ自動車との共創プログラムの実施レポートをお届けします。

様々な状況に起因した親御さんへの遠慮などから外の環境に飛び込みにくくなっていた子どもたちに、1回の「体験」でも普段の生活にも前向きになっていくような変化が見られました。

「子どもの体験格差解消プロジェクト」とは?

大学入試における総合型選抜入試の導入拡大や企業の採用シーンなど、子どもの頃の体験を通じて育まれる主体性、意欲、社会性等といった能力がより一層重視される変化の激しい現代社会。

「子どもの貧困」や「教育格差」といった子どもにまつわる社会課題が近年注目を集めるようになった陰で、経済的困窮、家庭環境の複雑化、地域社会の繋がりの希薄化等の要因により、子どもたちが多様な体験から得られる成長の機会を十分に享受できていない「体験格差」が深刻化しています。

代表の安部が発起人の1人となり2023年1月に立ち上げた「子どもの体験格差解消プロジェクト」では、困難な状況にある子どもたちが意欲を育み自立していくために必要な多様な体験を提供すると共に、「子どもにとっての良質な体験」に関する実態調査・研究を行い、「体験の価値」に対する認識を新たにすることに取り組んでいます。

さらには、地域、教育機関、NPO、企業、行政などの多様なステークホルダーの関わりを促進し、すべての子どもたちの発達段階や置かれた状況に応じた成長に必要な体験機会が保障される社会の実現を目指しています。

トヨタ自動車との共創
~次世代へ「もっといい未来」につながる原体験を~

トヨタ自動車は「幸せの量産」と「誰一人取り残さない社会」の実現を目指し、同社の社会貢献活動として、クルマとは直接関係のない活動を通じても、特に「次世代」にとって夢・憧れ・希望につながる、そして「もっといい未来」につながるさまざまな原体験を提供しています。

トヨタ自動車の社会貢献活動:https://global.toyota/jp/sustainability/esg/social-contribution/

今回の共創は、当プロジェクトが体験格差の解消により目指している「すべての子どもたちが諦めなくてもよい社会」の実現と、トヨタ自動車の目指す「誰一人取り残さない社会」の実現にお互いに共感したことで生まれました。

そして、今回は8月5日~7日の3日間、環境NGO・白川村・トヨタの三者協働で運営する「トヨタ白川郷自然学校」が企画・運営する「白川GO!GO!キャンプ 恐竜の谷探検キャンプ~恐竜博士と化石を探す冒険~」に、全20名の募集枠のうち、当プロジェクトから2名の子どもたちを招待していただけることになりました。

参加者の選定は、当プロジェクトが連携しているひとり親家庭を支援するNPOとの協働により行われました。普段、支援されている子どもたちや各ご家庭の状況を鑑みた上で、「この子にはこの体験プログラムが必要」と判断し、直接お声がけいただく形式で募集を行いました。

新しい出会いと発見がいっぱい 「恐竜の谷探検キャンプ」実施レポート

1日目:出会いの日としてのチームビルディング

名古屋駅からバスで3時間かけて岐阜県白川郷に到着。

お昼ご飯を食べた後で、名前やニックネーム、住んでいる地域、そして好きな古生物を積み木ゲーム形式で発表し、これから3日間を過ごす仲間を知る時間がありました。覚えることが沢山で1人が思い出せなくなった時も、全員でフォローしあいながら達成を目指しました。

お互いを知った後は、チームに分かれて自分たちが寝泊まりするテントの組み立てをしました。当プロジェクトから参加していた子どもたちは、なんと隊長・副隊長に抜擢されました。

それまでは少し人見知りをしているような様子でしたが、テントの組み立てを通じて、徐々に皆と打ち解けていきました。しかも年下の子どもたちの面倒も見ながら、役割分担も上手に行うことができ、一番早く組み立てを完了することができました。

その後は、入浴・夕食を過ごし、スタッフから明日の地層見学・化石発掘の説明を受け、高まる気持ちを抑えながら早めに就寝しました。

2日目:「自分の目で確かめに行く」地層見学・化石発掘

2日目は白川地域に流れるラジオ体操からスタートしました。

朝食を終え、まずは道の駅飛騨白山で岐阜県博物館の「恐竜博士」と合流。同施設に展示されている「恐竜足跡化石」の解説を聞きながら、これからの探検に胸を高ぶらせました。

午前中はジュラ紀の地層見学に向けた探検。手漕ぎボートで御母衣湖上流を目指す往復5.6キロの道のりでは、途中、子どもたちの腰までつかる川を乗り越えるために全員で肩を組んで進みました。

“「カヌーは体力的にも大変だったが、皆で声をかけあい、なんとか目的地までたどり着いた」”
“「波のあとも化石になるんだね。でも説明を聞かないと普通の岩と区別がつかないや」”

という子どもたちの言葉からは、困難を仲間と乗り越えた達成感や、実際に本物に触れたからこその観察力を感じられました。

昼食を終えたあとは、ついに化石発掘に挑戦。1つ1つの石を観察し、時にハンマーを使いながら中に眠っている化石を探しました。

最初はなかなか化石を見つけられず「疲れた」と言っていた子どもたちも、1つ見つけると目を輝かせてより貪欲に化石を探し始めるようになったのが印象的でした。

さらに「これは化石かどうか」を積極的に恐竜博士に相談しに行っていた子どもたちは、そうでない子どもたちに比べて飲み込みが早く、よりたくさんの化石を見つけることができました。
何より、特別に持ち帰らせてもらえた化石は子どもたちにとって一生の宝物となりました。

1日中探検し続けた子どもたち、温泉と夕食で疲れを癒した最後は、恐竜博士による特別授業がありました。

「恐竜の進化~これまでの恐竜研究でわかってきたこと~」をテーマに、地層見学や化石調査で子どもたちが見てきたものに関する研究情報、恐竜の歴史や化石からどんなことがわかるのか、研究によって明らかになってきた新たな真実や仮説について教わりました。

眠い時間であったにも関わらず、メモを取りながら、全員が真剣に博士の話を聞いていました。最後にもたくさん質問が出たことからも、専門家から直接学ぶ体験が子どもたちの知的好奇心を大いに刺激したことが分かりました。

3日目:創意工夫と団結力で作り上げる恐竜料理

3日目は夜中から強い雨と風があり、寒い朝でした。朝食を食べた後は、なんと恐竜の卵の観察。「鳥は恐竜の仲間」という前日の学びを思い出しながら、重さ1,180gのダチョウの卵に実際に触れながら、重さや硬さを確認。化石発掘で使ったハンマーで殻を割る体験では、表面が想像以上に硬く、ある程度力を入れても割れない中、ヒビを入れられる子と入れられない子がいました。それでも順番に失敗を活かしながら、綺麗な穴を空けることができました。

そして3日間の最後は調理班と火おこし班に分かれて恐竜を食べる焚火料理作り。当プロジェクトからの子どもたちが立候補した火おこし班では、湿気もありなかなか火をつけられない状況でしたが、風の向きを考えながら仰いだり、煙が自分のところにきたりしながらも、汗をかきながら、服が汚れながらも、諦めず熱中して試行錯誤していた姿はとても印象的でした。

どうやったら上手に火を起こせるか、大きく出来るか、どうしたら野菜を上手に切れるかなど、子どもたち自身が安全な環境の中で創意工夫しながら成功体験を積むことができました。

何より、長時間かけて完成した恐竜の丸焼きを鍋から出した時の大歓声は忘れられません。鍋を開けた瞬間から美味しいというのが確信でき、子どもたちからは達成感も混ざった3日間で最高の笑顔が見られました。

この時には2日間続いた曇り空・雨模様は一転快晴に転じ、自分たちの手で作り上げた料理にみんな豪快にかぶりつく光景は、子どもたちにとってかけがえのない思い出となりました。

最後は、3日間の楽しかったこと、嬉しかったこと、嫌だったことも含めて振り返りを行い、名残惜しさもありつつキャンプサイトを後にしました。

帰りのバスは多くの子どもたちが爆睡。解散場所では、行きの緊張や不安の面持ちから、飛び切りの笑顔やスタッフ・他の子どもたちと仲良くしてきた子どもたちの様子を感じた親御さんたちの嬉しそうな笑顔が印象的でした。

「背中を押されたから、知らない世界に出会えた」 
~参加した中学3年生・男の子の声~

僕がキャンプに参加しようと思ったきっかけは、親が「こういうキャンプあるんだけど参加してみない?」と言ってくれたからです。

正直、最初はそんなに乗り気じゃなかったけれど、参加してみることにしました。特に印象に残っているのは、自分の足で歩いて調べに出かける探検でした。川で歩いて化石まで行き、ボートを仲間と協力して漕ぐのがとても楽しく、化石を見た時は初めての体験でとてもワクワクしました!

直接体験に出かけることで、初めて気づいたことがありました。化石は黒っぽい石だけではなく、茶色っぽい石にもあるんです。そして、表面に化石があると中にも化石があることがわかりました。これは実際に現地に行って、自分の手で触れてみないとわからないことでした。

普段は家でゲームをして過ごすことが多いけれど、実際に外に出て体験することの面白さを知りました。いろいろな年齢の人と関われたし、いろいろなスタッフと関わることができてとても楽しかったです。期待以上でした、またやりたいと思うことができました!

「行かない」から「来年は絶対行く」に
~親御さんの後日談~

私が子どもたちを参加させたいと思った理由は、自分ひとりの力では経験させてあげられない体験だったからです。ひとりで2人の子を山や川へ連れて行ってあげたくても、何かあった時のリスクを考えると、対応が難しいと思い連れて行けませんでした。

学校から持って帰ってくるキャンプのチラシを見ても、経済的負担が大きく、子どもたちも遠慮してなのか、「一緒に行きたいから行かない」と言って、一度も委託キャンプに参加したことがありませんでした。母子家庭向けの地域イベントは小学生までの年齢制限が多く、中学生向けの自然体験イベントは、ほぼないのが現状です

中3の息子は参加前、「行かない~」という意向でしたが、参加後は「めっちゃ楽しかった~また行きたい!」と言う変化がありました。きっと素の自分で過ごせたことが一つの理由だと思います。これまで家族で出かけることはあってもどこか気を遣っていましたから、驚きました。

実は、コミュニティーハウスが主催するイベントの時も、お兄ちゃんは思春期でやっぱり「行かない」って。そこのお姉ちゃんも声をかけてくれたのですが、どう誘っても行きませんでした。でも帰ってきてから「来年は絶対行く」と言い始めたし、そのお姉ちゃんがいる塾にも毎日行くようになりました。

そして何より驚いたのは、家でちょっと私が寝込んでたりしても、ご飯作ってくれたり洗濯も自分からやってくれるようになったことです。もともと優しくて色々家事も手伝ってくれていたけれど、誰も言わなくてもやってくれるようになったのが一番の変化でした。自分なりの発散の仕方ができてきたのかもしれないと思っています。

「やってみたら楽しかった」が、子どもたちの社会へ前向きになれる意欲を育む

当プロジェクトの事務局も2泊3日のキャンプに帯同しましたが、徐々に表情が豊かになり、他の子どもたちと同じように「これやりたい!」と行動できるようになっていく変化が、何よりも印象的でした。

これまで約250名への体験提供を行ったり、リディラバ社として多くの子ども支援NPOの方々とお話をしてきました。

その経験の中で、経済的制約や家庭環境などにより子どもたちが体験の機会に恵まれない状態が続くと、自己肯定感を下げてしまったり、徐々に新たな体験へのためらいが生じたりすることで、現状維持の選択をしやすくなり、本人も気づかないままに活動範囲や視野が狭まってしまう可能性があることがわかってきました。

今回の共創による体験提供は、そういった子どもたちの内面に確かな変化をもたらしているのではないでしょうか。

周囲に押されて知らない環境に飛び込んだこと、素の自分で「やりたい」を追求できる環境に身を置けたことが、自分自身に多様な価値観を持つ大人や他の参加者との出会いや、新たな興味の発見をもたらしてくれるという成功経験に繋がったのではないかと思います。

それはトヨタ自動車の体験プログラムが、単なる「楽しい体験」の提供ではなく、次世代の子どもたちが夢や希望を持って生きていけるように、参加者の主体性、探究心、協働性を育むことを意図した体験設計だからこそ実現できたのだとご一緒する中で感じることができました。

トヨタ自動車の「誰一人取り残さない社会」という理念と私たちの活動の合致により実現した今回の共創。今後も企業の社会貢献活動と地域の子ども支援NPOとの取り組みが他の企業や団体にも展開されていけるように、当プロジェクトは体験格差の解消に向けた社会全体のシステム変革につながる活動に引き続き取り組んでいきたいと思います。

発起人・中室、安部からのコメント

慶應義塾大学 総合政策学部 教授
中室 牧子

子ども時代の体験に費やす時間は、認知能力のみならず、主体性や協働性といった非認知能力を育み、将来の学びや生き方に長期的な影響を与えることが研究からも示されています。トヨタ自動車が提供する多様な体験プログラムが、困難を抱える子どもたちを含め、すべての子どもに夢や希望を届けることは、教育への大きな投資であり、社会全体の未来にリターンをもたらすことが期待できます。ぜひ今後も継続されることを願います。

一般社団法人リディラバ 代表理事
安部 敏樹

子どもに関わる家庭、地域、学校のそれぞれがリソース不足から活動を縮小してきたことを受けて、現代の子ども達の体験活動へのアクセスは、家庭の状況に応じて二極化が進んでいます。私たちは長期的に全ての子どもたちに体験活動へのアクセスを確保することを目指して活動していますが、その現状を変えていくには地域づくり、学校改革、民間事業者の参画、家庭や社会全体への周知など、あらゆる角度からのアプローチが必要になります。特に民間事業者の役割は特に今後期待が大きくなっていく領域です。次世代の子どもたちへの想いを同じくするトヨタ自動車との共創を通じて、「体験格差」の問題を知っていただくだけでなく、より多くの方々と一緒に課題解決をしていければと思います。